サッカーユニフォームのように見えるTシャツ

私は、素材の良さで選んだドライ機能のTシャツを着ています。それは、サッカー日本代表が着ているサッカーユニフォームと同じような色です。サッカーユニフォームのことをあまり考えずに、お店で並んでいる色の中で、発色が綺麗だとおもって、ブルーを選びましたが、そのTシャツを着ていると、必ずサッカー好きかと聞かれます。
サッカーユニフォーム、と聞くと、スタジアムの応援や運動にしか着用しないイメージがあるのではないでしょうか。しかし、実はおしゃれなアイテムとしても十分に活躍するのです。細身のジーンズに大きすぎないサッカーユニフォームといえば、イギリスの若者の間で不動の人気スタイルです。プレミアがつくユニフォームもあるので早速選んで着こなしましょう。
 宮城県多賀城市と近隣市町のスポーツクラブや飲食店などが、東日本大震災の津波で人工透析装置が使えなくなった多賀城市桜木の「多賀城腎・泌尿器クリニック」に、透析患者を仙台市の病院へ送迎するためのバスを無償で貸し出している。患者は頻繁に病院で透析を受けなければならないだけに、クリニックは厚意に深く感謝している。
 バスを貸しているのは、スポーツクラブ「アシスト多賀城」、飲食店「和食の小島」、サッカーのスポーツ少年団多賀城FC=いずれも多賀城市=と、宮城県七ケ浜町の飲食店「どうもん」、塩釜市の東日本自動車学校。
 クリニックは津波で1階が水没し、人工透析装置などの医療機器や送迎バス2台が破損した。透析患者を他の病院に送る必要に迫られたクリニックは震災直後、送迎用のバスを所有する業者に掛け合い、協力を得た。
 震災前にクリニックに通院していた透析患者は約200人。自力で他の病院に行ける患者らを除き、現在も約110人の患者が週3回、クリニックが借りたバスで仙台市の3カ所の病院に通う。
 塩釜市の女性患者(76)は「震災後は泉区の病院に通っている。おかげで体調もいい」と安心した表情で語る。
 クリニックの松下真史副院長(37)は「交通手段がなく、仙台の病院に行けない患者も多いだけに、バスを貸していただき本当に助かっている」と感謝する。
 バスを貸す業者の中には、クリニック同様、津波被害に遭ったところもある。
 クリニック向かいにあるアシスト多賀城は、屋内プールなどの施設が使えなくなった。送迎バスも4台のうち2台が津波被害を受け、残りの2台をクリニックに貸している。
 支配人の芳賀順一さん(33)は「うちも被害が大きかったが、透析治療が欠かせない多くの方を助けられて良かった」と話している。
 クリニックは今月中旬には透析治療を再開できる見込み。バスはそれまで借りる予定だという。(加藤伸一)

 東日本大震災で、養殖施設のほとんどが被害を受けた宮城県気仙沼市唐桑町で7日、カキの養殖作業が再開した。震災後、宮城県内で本格的なカキ養殖が始まるのは初めて。
 地元の養殖業者が、湾内に残った養殖施設を修理し、仮設の5基を用意。津波被害を免れた石巻市渡波の業者から、ホタテの貝殻に付着させた稚貝を仕入れた。7日は10人が漁船に乗り込み、宿舞根漁港沖の5基に、届いたばかりの稚貝約50基分をつるした。
 今後、養殖施設を順次設置し、海中に沈んだがれきの撤去が終わる6月ごろに、仮設施設から稚貝を移す。唐桑のカキは、波が穏やかな湾内で1〜2年かけてじっくりと成長させる。収穫は来年の秋ごろという。
 35年にわたってカキ養殖を手掛ける気仙沼市唐桑町宿浦の畠山政則さん(56)は、昨年2月のチリ大地震津波でも大きな被害を受け、施設を作り直したばかりだったといい、「久々に海に戻れた。養殖をあきらめかけたこともあったが、再開できて感無量だ」と語った。
 同町鮪立の村上喜(このむ)さん(43)も「復活に向けた第一歩が踏み出せた。本当にうれしい」と汗をぬぐった。
 唐桑町では、今回の津波でカキの養殖施設約550基のほぼ全てが全壊したり、流失したりした。今後、用意できる施設の数は資材不足などから例年の3分の1程度にとどまる見込みという。
 今回のカキは、カキ販売のインターネットサイトを運営するアイリンク(仙台市)が首都圏などから1口1万円でオーナーを募った。養殖業の復興を後押しする取り組みで、作業を見守った斎藤浩昭社長は「生産者を継続的に支援できるのが今回の制度。他の産地にも広げ、多くの支援を呼び掛けたい」と話した。

 政府と岩手県教委は7日、世界遺産に推薦した「平泉の文化遺産」(岩手県平泉町)について、国連教育科学文化機関(ユネスコ)の諮問機関である国際記念物遺跡会議(イコモス)が世界文化遺産への登録を勧告した、と発表した。6月19〜29日にパリで開かれる第35回世界遺産委員会で、正式登録が確実な情勢となった。

 平泉が世界文化遺産に正式登録されれば東北初。観光振興などの効果も期待され、東日本大震災の被災地に朗報となりそうだ。
 国内の文化遺産としては、2007年に登録された「石見銀山遺跡とその文化的景観」(島根県)に次いで12件目となる。
 平泉は08年に登録が見送られ、今回が再挑戦。勧告は平泉の文化遺産について「仏国土(浄土)を表す資産として顕著な普遍的価値が認められる」などとして、世界遺産としての歴史的、文化的価値を認めた。
 政府は中尊寺や毛越寺など六つを構成資産として推薦したが、勧告は奥州藤原氏の住居や政務場所だった「柳之御所遺跡」の除外を登録の条件とした。
 平泉が初めて登録に挑戦した前回は、イコモスが「登録延期」を勧告し、これを受けたユネスコが実際に登録を見送った。
 政府は09年9月、11年の世界遺産登録の候補として平泉を再び推薦することを決め、ユネスコに推薦書を提出した。

◎震災復興の象徴に

 達増拓也岩手県知事の話 平泉はかつての戦乱から東北が復興するための中心的存在で、東北に約100年間、平和と繁栄をもたらした。今回の震災においても復興の象徴になる。国際的な評価を受けることで、復興を力強く進めていく励みにもなるだろう。本当に良かった。

[平泉の文化遺産] 推薦名称は「平泉―仏国土(浄土)を表す建築・庭園および考古学的遺跡群」。構成資産は中尊寺、毛越寺、観自在王院跡、無量光院跡、金鶏山、柳之御所遺跡の六つ。総面積は187ヘクタール。前回の登録申請時は9資産だったが、イコモスの指摘に沿って骨寺村荘園遺跡(一関市)、白鳥舘遺跡、長者ケ原廃寺跡(いずれも奥州市)、達谷窟(平泉町)を除外し、観自在王院跡を毛越寺から分離独立させて絞り込んだ。